私たちの研究グループでは、「合成力こそが、研究力だ!」との立場から、新しい分子に基づく材料研究を行なっています。最先端の科学では、研究は常に攻めの姿勢で行います。とくに分子配列制御に基づく分子の協同的機能を主眼に据えて、従来にない新しい分子機能の開拓と、その分子動作原理の解明に取り組んでいます。なかでも注力しているのは、通常結晶性のポルフィリン骨格を非晶質化する分子形態に着目した“ポルフィリンガラス”の機能開発です。

 

【近赤外発光材料】有機色素でµm付近の波長域での近赤外発光を達成できる材料は非常に稀ですが、私たちは“ポルフィリンガラス”のエキシマー形成に基づく固体近赤外発光材料を提案しています。光合成ではクロロフィルが精緻に配列した集積構造に基づいて効率的に太陽エネルギーを化学エネルギーに変換しています。ポルフィリンガラスではこれと同様の“光捕集アンテナ機能”に基づいて、本質的に発光効率の低い近赤外発光の課題「エネルギーギャップ則」を克服し、エキシマー形成に基づく高輝度での1 µm付近の近赤外発光を達成できます。毒性が低いと考えられるポルフィリンを基盤とする近赤外発光材料は、生体内の光透過性・直進性の高い波長域での非侵襲in vivoイメージングを通して新しい生命現象の解明につながる比類ない材料です。

【超高屈折率材料】巨大なモル吸光係数を示すポルフィリンをバルク材料として扱うと、誘電体としての性質が現れます。この結果、異常分散に伴う超高屈折率が誘起されます。非晶質の“ポルフィリンガラス”の表面は大変平滑になる傾向があり、屈折率3にもなる平滑な材料表面は、ギラギラとした金属光沢を放ちます。金属光沢はそれ自身魅力的な機能であると同時に、電子構造を反映していることから種々の材料特性と関連していると考えられます。特に屈折率が高い媒体は光の伝播速度を低減できることから、分子の持つ特殊な光学現象を引き出す魅力的な材料であると考えています。

【特異な超分子相互作用】ポルフィリンガラスの分子構造上の特徴は、複数の分岐アルキル鎖の配座コンホメーションの自由度が大きいことに起因します。このため、通常のポルフィリン錯体では溶解しないような低極性溶媒中で、極めて特徴的な分子認識挙動・自己集合挙動を示します。ポルフィリン環は約1 nmと比較的大きなサイズであること、極めて大きなモル吸光係数を示すことから、小分子では観察できないような相互作用を詳細に観察することができます。

 

 

以上のように私たちのグループでは、有機合成・高分子化学・光化学・界面化学といった研究背景に、合成した新規分子を配列制御することによる新規な機能材料に関する研究を推進しています。とくに最先端の測定技術について積極的に幅広い共同研究を行い、様々な分野の先生方との意見交流をしながら研究に取り組んでいます。

 光合成や呼吸といった生命活動の根幹を担うクロロフィルやヘムに共通の生体分子骨格としてポリフィリンが存在していますが、46億年の生命進化の結果として、このように全く違った機能を担いながらポルフィリンが生命活動を司っている事実はたいへん不思議なことではないでしょうか。これら、生命進化の中で生き残ったポリフィリンの卓越した機能から、進化の過程で冬眠してしまったポルフィリンの無限の潜在的機能が暗示されます。研究は、作業仮説の実証作業が基本となりますが、その検証により見出される想定外の事柄の探求こそが、真の発見につながる研究の本質です。“ポルフィリンガラス”の多彩な機能は、生命の神秘につながる無限の潜在機能とつながっていると想像しています。